医療のUI/UXデザインは、患者の安全を守りながら医療の質を高めるための仕組みを整える仕事です。電子カルテや診療アプリは「誰でも直感的に操作できること」が求められますが、その裏側では薬機法や個人情報保護法など複数の規制を満たす必要があります。さらに医師・看護師・患者と立場の異なる利用者がいるため、要件は複雑になります。遠隔診療やパーソナルヘルスレコード（PHR）が普及する現在、日本ではDXの中核にUI/UXデザイナーが立つ場面が増えています。本稿では、規制を順守しつつ現場で機能するデザインを実装するための具体的な方法を紹介します。

医療分野におけるUI/UXデザインとは

UIとUXの基本概念と医療での意味

UI（ユーザーインターフェース）は入力欄や音声操作など「画面の形」を指します。UX（ユーザーエクスペリエンス）はそれを通じて得られる「使いやすさや達成感」です。例えば電子カルテでは、UIはオーダー入力画面、UXは「誤入力せず短時間で指示を出せた」という安心感です。医療では安全性・正確性・法規制順守が欠かせないため、一般的なWebサービス以上に設計要件が多くなります。

患者体験（Patient Experience）の重要性

Patient Experience（PX）は、診療の最初から最後まで患者が感じる安心感や納得感を指し、医療品質の評価項目にも含まれています。例えば、診察の待ち時間を画面で見える化したり、痛みの程度をワンタップで入力できる仕組みを導入するだけで、患者の協力度や治療結果に差が出ることがあります。

医療DXにおけるデザインの役割

遠隔診療や生成AIの導入が進む一方で、多くの病院では依然として紙の問診票や紙カルテが使われています。そのため、診療前に患者が紙へ記入し、看護師が電子カルテへ転記する二重作業が発生しています。デザイナーはこの場面で「紙の質問票をそのまま画面化する」のではなく、症状に応じて分岐するフォームを設計し、入力データを直接カルテへ連携させます。これにより転記作業が不要となり、入力ミスや業務負担を減らせます。

医療分野におけるUI/UXデザインの特徴と課題

多様なステークホルダーのニーズ

医師は診療を止めずに入力できるスピードを重視し、看護師はヒューマンエラーを防ぐ操作性を求め、患者は理解しやすい説明画面を期待します。デザイナーは要件定義の初期段階でワークショップを行い、各立場の課題をリスト化して優先順位をつけます。

安全性とユーザビリティのバランス

誤投薬を防ぐために確認画面を増やしすぎると、操作が煩雑になり逆に入力ミスを誘発します。例えば投薬量入力では整数と小数を分け、入力直後に異常値を赤色で警告する仕様にすることで、確認ステップを増やさずに誤入力を減らせます。

アクセシビリティ対応

高齢の患者が多いため、診療予約やオンライン診療の待合、問診入力、服薬管理アプリといった患者が直接操作する画面では、文字サイズを16pt以上に設定します。ボタンは9mm角以上を確保し、配色はコントラスト比4.5:1以上とします。さらに、音声読み上げ機能や字幕を組み込み、視覚や聴覚に制限がある人でも同じ情報にアクセスできるよう配慮します。

医療従事者の業務を支えるUI/UXデザイン

医療ワークフローの理解と改善

救急外来と入院病棟では電子カルテの使い方が異なります。業務を動画とタイムスタンプで記録し、どの場面で入力が滞っているかを特定します。例えば「救急搬送時に入力項目が多すぎる」などの課題を見つけ、不要な入力欄を省くとクリック数や処理時間を大幅に削減できます。

情報の優先順位付けと視覚化

電子カルテには多様なデータが集まります。ラボ結果やバイタルを「正常＝グレー」「注意＝イエロー」「危険＝レッド」に固定し、グラフと重ねて表示すると危険値を一目で把握できます。これにより確認時間が短縮され、見落としも減ります。

エラー防止とリスク軽減の工夫

薬剤量を誤入力すると事故につながります。極端な値が入力された場合は画面を赤く覆い、確認が終わるまで次に進めない仕様にすることで、重大なヒューマンエラーを防げます。

デザイナーは試作段階で医師や看護師に実際に操作してもらい、入力ミスや迷いが生じた瞬間を録画して改善につなげます。完成版では模擬患者データを使い、例えば「検査をオーダーする」「薬剤を入力して保存する」といった現場で行う主要タスクをテストします。そのうち95%以上が正しく完了できれば、「このシステムは臨床現場で問題なく使える」と数字で示すことができます。

患者の不安を減らす工夫

オンライン診療の待合画面に「待ち順」と「呼び出し予定時刻」をプログレスバーで表示すると、不安が和らぎます。待ち時間に症状別セルフケア動画を流すことで「待ち時間も役立つ」と受け止めてもらえます。

AI活用とUI/UXの最前線

説明可能なAI（XAI）ダッシュボード

放射線科医や内科医が画像診断AIを使うとき、AIが「どこを異常と判断したか」が見えないと安心して結果を採用できません。そこでデザイナーは、AIが検出した部位をヒートマップで強調表示し、その横に「過去の類似症例と何%一致しているか」を数値で示すダッシュボードを設計します。これにより医師は、数秒でAIの判断根拠を確認でき、最終診断の参考情報として信頼して使えるようになります。

生成AIチャット

初診の患者から症状を聞き取る場面では、チャットボットの活用が進んでいます。ただし、AIが誤って診断を下したり、不要な個人情報を収集するリスクがあります。デザイナーはまず、システム側の設定（プロンプト）に「診断や医学的助言は行わない」と明記し、AIが出力する範囲を制限します。さらに、患者が入力した内容を自動チェックし、例えば「頭痛」と入力すべき欄に住所や保険番号などが書かれていた場合は警告を表示し、再入力を求めるUIを設計します。これにより、医師は安全に症状データだけを受け取り、患者は余計な情報を入力せずに済むため、双方のリスクを減らせます。

成功事例

1. 診療予約システム

2. 放射線科ビューア

3. 服薬支援アプリ

まとめ

医療UI/UXデザインの使命は、「規制を守ること」「安全を確保すること」「体験価値を最大化すること」の3つを同時に満たすことです。そのためには、規格への対応やプライバシーへの配慮、アクセシビリティ設計、AIの可視化、そして現場との共創を組み合わせることが欠かせません。こうした工夫を重ねることで、現場にしっかりと根付くプロダクトが生まれます。